BELIEVER

 ドリィは今もまだ、自分のことについてはあまり多くを語ろうとしない。
 それがルドラの村を出て数日、ビリィのたどり着いた見解だった。

 もちろん、ルドラで言われたことを忘れたわけではなかった。ドリィはコルマガ王国のドリィ姫その人であり、彼女もまた、アビスの落とし子である可能性が高いということ。そしてアビスの発生には、彼女の国が大きく関わっているであろうこと。そしてその全容は、ビリィたちがコルマガ王国にたどり着いた時にこそ明かすのだと、確かにドリィはそう言っていた。
 しかし、なぜコルマガ王国に行かなければその全てを話すことができないのか。確かめたいことがあるとは言っていたが、現状わかることや推測できることがあるならば教えてくれてもいいはずだ。それをしてくれないということは、もしかして自分はまだ彼女にそこまで信頼されていないのかもしれない。そんな不安がビリィの内によぎることさえあった。
 そう思って、ビリィはまた自己嫌悪に陥るのだった。

 村を離れ、コルマガへ出発することにした三人は照り付ける太陽の下で歩みを進めていた。日は天頂に達しようとしており、じりじりとした熱がビリィたちの肌を焦がしている。砂からの照り返しが眩しい。
 直射日光を避けるため、三人は厚い布を被っていた。顎から汗が滴るのを感じながら、脱水症状を起こす前に水を飲まなければ、とビリィは水筒に手をかける。見ると、ルッカの歩みが鈍くなっていた。まだ小さいんだ、倒れてはいけない。ビリィがそう思って声をかけようとしたその時、

「もーーーー重いーーーーー!!!」

 一際大きくルッカが叫んだ。ビリィが驚く暇もなく、ルッカは体に巻き付けた布をほどいて空に放り投げた。
「もうやだこの布!熱いし重いし嫌い!ドリィにもらった服だけでいい!」
 浅黒い肌を惜しげもなく晒してルッカは叫んだ。ルドラの村でドリィが作った服は、布が足りなかったために袖もなければ丈も短めだ。砂漠の強い日光の下を歩くにはあまりにも心許なさすぎる。
「ルッカ……!その恰好じゃ危ないよ。いつ熱中症で倒れるか……」
 布を拾い上げ、困ったようにビリィはルッカに呼びかけた。言い出したら聞かない性格であるのは幼いころの付き合いでわかっている。ビリィの焦りに気づかないまま、ルッカは身軽になった体であははと笑っていた。
「ど、ドリィ……」
 困り果てたビリィがドリィに助けを求めようと振り向く。そして目を疑った。ドリィもまた被っていた布を取り去り、いつものワンピース姿になっていたのだ。
「確かに、こっちの方が身軽ね」
 汗で首筋に張り付いた髪の毛を手で梳くと、気持ちよさそうに伸びをする。太陽の光に照らされたその姿はきれいで、ビリィは思わず見とれてしまった。
 しかしすぐに我に返り、
「ちょ、ちょっとドリィ、君まで…!」
 そう言って駆け寄る。
「ルッカもドリィも、こんな日差しの中で倒れたらどうするんだよ!」
 そんなビリィの訴えも、ドリィは意に介していないようだった。
「大丈夫よ。だって私、死なないんだもの」
 ドリィが笑った。それはとても柔らかい笑顔で、ビリィは一瞬その言葉の意味が理解できなかった。そして理解した後も、ドリィにかけるべき言葉を見つけられずにいた。その表情を見て、ドリィは更に楽しそうに笑った。
「ビリィってば、なんて顔してるの!」

 異様な光景だった。灼熱の太陽の元、足元ですら陽炎がゆらゆらと揺らめいているその中で、二人の少女が薄着で走りながら笑いあっている。他の誰かが見たなら、きっとあまりの熱さに気が触れたに違いないと考えるだろう。
 ビリィはただ熱に浮かされたようにその光景を眺めていた。やがてルッカがビリィの方へ走り寄ると、
「ドリィはね、きっと、うれしいのよ」
 そう告げた。ビリィの手を取りながら。
「ドリィが、ドリィでいられるから」
 その言葉に、ビリィはルッカの方に向けていた顔を上げた。ドリィは腕を太陽の方に広げ、大きく伸びをしていた。一房だけ伸びた髪と首筋のリボンが、不意に吹いた風に靡いて揺れていた。

 そうか、だから僕はドリィを、きれいだと思ったんだ。

 胸の内を支配したその感情の名前がなんであるか、ビリィは未だ気づかずにいた。
 ただ、今果てしなく広がるこの景色の中にこの3人しかいないことがどこか心地よかった。

「ドリィ」
 ビリィは前を歩くその背中に呼びかける。
「明けない夜なんてないんだ」
 なぜ突然そんなことを言ったんだろう。ビリィにもよくわからなかった。しかし、湧き上がるこの気持ちは、今言葉にしておかないといけないような気がした。
「永遠なんてない。僕らのこの旅も、いつかきっと終わる日がくる。……だから僕は大切にしたいんだ。今この時も、ルッカも、ドリィ、君のことも」
 ビリィは本当に、すがすがしい気持ちでそれを告げた。ドリィの持つ過酷な運命も知った上で、ただこのひと時が愛おしくて。
 気持ちよさそうに風を受けていたドリィが振り向く。困ったような笑顔だった。
「……そうね、私もよ」
 しかしぱっと意地悪そうな顔に変わると、からかうようにビリィへと呼びかけた。
「ビリィはちゃんと布を被って、水分を取らなきゃだめよ!あなたは、私たちと違って倒れちゃうんだから!」
「わかってるよ!」
 ビリィは呆れた声で返し、そして水筒を取り出した。

 その「違い」がどれだけ残酷なものであるか、ビリィはわかっていた。当然、ドリィも。
 けれど、埋まらない溝を抱えて尚傍にいれる、その事実が嬉しかったのだ。




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